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2007.03.15

OpenPNEをインストール

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前々からSNSを簡単に構築できないものかといろいろ調べていたところ手嶋屋さんの開発による「OpenPNE」なるオープンソースのSNSソフトが気になっていました。
・・・・ということでさっそくテスト用のサーバーにインストールして設定しました。鈍な機能があるのか、どんな使い方が出来るのか等勉強するために、また将来的な可能性を探るため何人かの友人・知人にお願いしてテスト運用に参加してもらって試験運用しています。
「OpenPNE」はオープンソースのソフトらしくいろんなユーザの要望やバグレポートを反映させ優れた機能を有しているようです。
まだまだ全ての機能を把握していないのですがこれからおいおい試して行きたいと思っています

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終わった〜!

決算の月3月は地獄のような月です。でもやっと決算の処理も終わって解放感一杯です。いよいよ好きなことが出来る!
毎年ながら決算の時期になると『来年こそは早目に取りかかるるぞ!』とおもいつつ、やっぱりケツに火がつかなければ出来ないのはずぼらな性格のせいか。
来年こそは早目にやるぞ!と決意を新たにした私でした(^_^)

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2007.03.08

寒いのに川遊び???

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寒いです〜!土合の方では結構激しく雪が降っていました。(道路に積もるようなことはなさそうですが)。ワンコたちを川に散歩に連れて行きました。ポッキーとチロルは何を考えているのやら(何も考えていない)河原に降りるとさっそく川の中に。見ているこちらの方が寒くて。
ワンコたちは寒さをものともせず川の中で楽しそうに遊んでいました。

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2007.03.07

たくみの里泰寧寺のロウバイ

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たくみの里に出かけたついでにぐる〜っと一回りしてきました。
野仏めぐり9番の「泰寧寺」に行ってみましたが、とてもいい匂いが漂ってくるのでそばに行ってみると、ロウバイがきれいに咲いていました。境内ではロウバイとマンサクがならんであり、どちらも満開状態でした。
境内にはぽつんと1本、石段の下にも1本とささやかに咲いているのですが、回りの枯れ木の中でひときわ華やかに咲いていました。
近くにも以外と穴場があるのですね。

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卒業旅行・春を楽しむプラン

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卒業シーズンを迎え、友達同士、ご家族での旅行を計画されている方にとってはこの春は暖冬のせいでみなかみ町でもはやばやと春が楽しめそうです。
そんなわけで今春、卒業、入学、入社される方を対象に「卒業旅行プラン」を、そして写真撮影やスケッチ旅行等を楽しむ方のために「春を楽しむプラン」を設定しました。
湯檜曽川のマンサクも咲き始めているようでやはり今年の春の訪れは早いようです。

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里では梅が咲き始めています

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昨日、富岡製糸場からの帰り、榛名湖経由で帰ってきましたが、里では梅が咲いています。既に満開のところもありました。この調子だとみなかみ町でもはやければ3月中には梅が咲き始めるかも知れません。

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行ってきました!富岡製糸場

『富岡製糸場と絹産業遺産群』として世界遺産暫定リストに追加登録されることが国内決定した富岡製糸場に出かけてきました。

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《写真1は東繭倉庫の裏側》
お決まりの書面写真の裏側
和の柱と洋のレンガを組み合わせた和洋瀬中の建物は、よく見られる洋式のレンガ倉庫とはひと味違うおもむきが・・・
解説員付きの見学が1時間に1回行われており、東繭倉庫の正面からスタートする。
よく見ると屋根が波打っていたり、窓枠が撓んでいたり時の流れを感じさせられます。

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《写真2は3号館(現在事務所)》
本当はこの建物の中を見たかったのだが、この建物は立ち入り禁止となっているので外から眺めるだけ。富岡製糸場は明治5年に官営工場としてスタートし、その後三井⇒原を経て、昭和14年に当時の片倉紡績会社(現片倉工業)に移管され、昭和62年まで操業していたということ。その後平成17年には建物が富岡市に寄付され、翌年には敷地についても富岡市に売却されている。

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《写真3は東繭倉庫正面には「明治五年」の記載》
殖産興業の一つとして明治五年に官営工場としてこの地に設置された歴史がここからも伝わってくる。
今回暫定リストに登録された『富岡製糸場と絹産業遺産群』としてはほかにあの有名な「碓井峠鉄道施設」(アプト式鉄道、丸山変電所、レンガ造りの橋梁等)や六合村赤岩地区の「養蚕農家郡」等全部で10カ所の建物、施設等で構成されているよおうなのでおいおい訪れてみたいと思います。

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《写真4は「片倉診療所」として使われていたようだ》
昭和62年、片倉工業がここでの操業を停止するまで使われていた?Drコトー診療所みたいに味がある建物ですね。工場内に診療所が設置され福利厚生はしっかりしていたようです。
ガイドの方はここでは『女工哀史』のようなものはなかったと力説されていました。
「明治の製糸工場」=「女工哀史」とすぐに連想してしまいがちで・・・

ところでこの片倉工業、製糸業ということで昔行ったことのある長野諏訪湖のほとりにあった「片倉館」という温泉施設とが関係あるのでは・・・と思い調べてみた。この片倉館の温泉は小学校のプール並みの深さがあり底には玉砂利が敷き詰められていたのを覚えています。
さて、片倉館と片倉工業は「片倉財閥」と言うキーワードで繋がっていました。長野県の岡谷で製糸業を始めたのが片倉財閥の始まりで、この片倉館は昭和3年に文化福祉施設としてオープンしていたようです。

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